我らのガボン日記 ー臨床検査技師編ー

青年海外協力隊としてガボンで輸血医療向上を目指す臨床検査技師の日記

ガボン国立輸血センター③ -血液型検査部門-

今回は献血された血液がどうやって検査されているのかをご紹介します。

 

先に謝りますが、今回は専門的な内容になっています。 初めて聞く内容満載だと思いますが、 これが輸血を扱う検査技師の世界と思って、 別の世界を覗く感じでどうぞ(笑)。そして技師の皆さん、 アフリカの輸血検査の実態を覗けるおもしろい内容だと思います。 最後に問題点を列挙しているので、 解決方法や意見などよかったらコメントください。

 

では、いきましょう。

 

献血された血液は、感染症にかかっていないか、 血液型は何型かなど、その品質を確かめるために検査を行います。

 

前回ご紹介した献血の採血の際に、検査用のスピッツで2~3本採血するのでそれを使って検査を行います。

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ドナーごと(採血バッグごと)にバーコード管理されています。

 

検査は、輸血センターの建物内にあるラボで行います。

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日本赤十字社の場合は、 献血ルームで採血された血液は各地方に1つある( 東北地方なら宮城県)大きな血液センターまで送り、そこで検査・ 製造・管理をしています。 そして出来上がった製剤は各都道府県に分配されていきます。

 

ガボンの場合、献血事業に関しては全てがこのセンター内で完結するので、徒歩10秒ほどで検査へたどり着けます。

 

この検査部門は大きく分けて2つあります。

※2代目以降の隊員のため、フランス語圏の医療人のために、 専門用語はフランス語の表記もはじめます。

 

1つ目の部門は、「血液型検査(immunohématologie)」

 

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(部屋の様子)

 

ここではその名の通り、血液型に関する検査します。

検査項目は、

・ABO血液型(Groupes sanguins ABO)

・Rh血液型(Groupes sanguins Rh, antigènes d'expression Rh)

・D陰性確認試験 (Du)

・Hemolysine(直訳で溶血素、謎の検査)

この4つです。

 

これを読んでいる医療関係者のみなさん、 お気づきになりましたでしょうか。

 

そうです。不規則抗体検査(RAI:Rechercher anticorps irrégulier)はスクリーニング、 同定ともに実施していません。

 

不規則抗体とは、簡単に言うと他人の血液型に対する抗体です。 血液型と聞くと、A型!B型!という感じですが、このABOの血液型の他にもたくさんの種類の血液型(抗原)はあります。 例えば、よく聞く「Rhマイナス」とかいうものは「RhのD抗原が陰性」という意味で、 このように細かく血液型は分類されています。 難しくなってきましたね。

つまり、 不規則抗体とは他人の血液が自分の体内に入ってきたときに反応する抗体で、 輸血を受けたときや妊娠でお腹の中の子の血液が母体に入ってきたときに、「他人の血液だ~!やっつけろ~」 というように産生される抗体のことです。 この抗体を産生する人もいれば、いない人もいる、 アレルギーにちょっと似てますね。

 

日本赤十字はこの不規則抗体検査を実施していて、 抗体が無いことを確認した製剤を供給しています。

 

ガボンでは、何代か前の施設長時代は実施していたそうですが、 施設長が変わると検査内容や検査方法が変わるので、 今は行っていません。というより、実施する予算が無いようです。

もし実施したとしても、 この国の技師さんは検査の詳しい方法や結果の解釈を知りません。

教えられる技師も、先生も、教科書もありません。

誰かがどこかの国へ習いに行く、誰かをセンターに招く、 分からないけど何とか自己流で検査する、諦めて検査しない、このどれかを選択するしかありません。

私たちJICAボランティアは、この2番目の役割を担っています 。

でも、「現状をよくするためにここへ来たけれども、 お金が無ければ始まらないことが沢山ある、ありすぎる」 これを痛感しております。

 

ここの技師さんたちも、「不規則抗体検査は実施すべき」 という意見なので、いつか、いつか、 検査が出来る日がくるといいなと思っています。そしてその「 いつか」が本当に訪れたとき、ここにJICAボランティアが居て 、指導してくれることを願っています。

 

この国(というよりアフリカ)の女性の妊娠出産回数の多さ、 簡単な検査のみで輸血を受けている患者数を考えると、 抗体陽性の人は多いと思うので、 不規則抗体に焦点をあてた研究を行うと面白いだろうなと思います 。新しい抗体とか発見されそう…。楽しそう。

 

話が専門的になり過ぎていますが、大丈夫でしょうか…これが、 技師の世界です(笑)

 

 

次は、ABO血液型検査についてです。

 

 

どんな方法で検査をしているか、ずばり、方法は、

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スライド法(sur plaque)

 

オモテ検査(Beth-Vincent)、ウラ検査(Simonin -Michon)ともにこの方法です。

検査技師なら「うおおおお、ウラも!」と思いますよね。

 

試薬(réactif)は、抗体試薬は購入し、 血球試薬(hématie)はセンター内で作成しています。

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(このラボにある全試薬の種類)

 

このスライド法は、 板の上で血液と検査試薬を混ぜて固まるか固まらないかを見て血液型を判定する方法なのですが、日本でいうと20年くらい前? に主流だった検査方法です。

 

血液が固まる、固まらない、 なんのことだと思う方もいらっしゃると思うので簡単に説明します 。

絵を書きました。

例:A型の人

A型の人の赤血球にはA型の抗原(つまりA型の物質)があります。

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ここに血液型を検査するための試薬、抗A試薬と抗B試薬を加えます。抗Aには抗A抗体(A型の物質に対する抗体)が、抗Bには抗B抗体(B型の物質に対する抗体)が入っています。

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(拡大した抗体の先の図は分かりやすく大げさに書いたイメージ抗体です)

 

さあ、血液と試薬を混ぜ合わせると、どうなるか

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抗A試薬の方にご注目!

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くっつきました。

 

抗A試薬の中にはA型の抗原と反応する抗A抗体が入っているので、赤血球のA抗原と反応してどんどんくっついて大きな塊をつくっていきます。

一方で抗B試薬の方には抗B抗体が入っているのですが、A型の人の赤血球にはB抗原はないのでくっつくところがありません。

 

ということで、抗A試薬の方は赤血球の塊ができ、抗B試薬の方はなにも変化が起こりません。

 

この固まった、 固まらないというパターンの組み合わせで血液型を調べていきます 。

 

 

せっかくなので、皆さんにも血液型判定をして頂きましょう。

注目してほしいのは、抗A、抗Bの様子です。

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判定の答えは、

① A型 RhD陽性(抗A試薬に反応して塊ができてます)

② O型 RhD陽性(抗Aと抗Bのどちらにも反応せず塊はありません)

 

少し検査の世界を理解して頂けたでしょうか。分かると楽しいですよね。

 

日本人では、A型約40%、O型約30%、B型約20%、AB型約10%です。

一方ガボンは、O型約60%、A型20%、B型17% 、AB型3%です。

 

抗原検査(オモテ検査)だけじゃなく、抗体検査(ウラ検査) までもスライド法でやるとは、 日本で検査を学んだ技師としては驚きだったのですが、 思ったよりもきちんと凝集します。 もちろん凝集が弱いものもあります。その凝集が弱いものを「その後どうやって検査を進めていくか」 という知識と技術はこのラボにはありません。

 

ここでは、スライド法の他にもカラム凝集法(sur carte gel)を実施しています。

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(Bioradさんのカード)

 

ですが!!! 予算の関係でカードを買えなくなり、現在は使用していません。

※使用していた頃に私はいましたが、滴下量、 濃度は説明書ガン無視です。そのせいで、 正しく結果が出ない検体が多数です。なぜ説明書を読まないのか、 謎です。

 

そしてさらに前は、マイクロプレート法を使用していたようです。

ですが!!! 

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検査機械が壊れたらしく、化石と化しています。しかも2台も。

 

立派な機械があっても、 不具合が起きたときにメンテナンスする業者も技術者もいない、 定期メンテナンス契約を結んでいない、そもそもメンテナンスという概念がないという現状なため、 どんなに高価な機械でも「使い捨て」です。 一度壊れたらそこで終了。これが、この国の医療機器の現状です。 なかなかに、ショックな現状です。

医療機器を扱う工学技士、 修理をする専門の技術者は絶対的に必要な存在ですが、ガボンには、養成校がありません。メンテナンス問題は、 かなり根深い問題です。

 

残念ながら試験管法(sur tube à hémolyse)は行っていません。 というかこの方法をこの国の技師は知りません。

 

 

そしてお次は、Rh血液型

 

 

Rhの血液型は有名なDの他にも、Cやc、E、eというように細かく型があります。

このどれが赤血球に存在するかというのを調べるのがRhフェノタイプの検査です。

 

Rhの検査方法も、スライド法です。

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こちらも案外ちゃんと凝集します。

 

日本ではRhD陰性は0.5%ですが、ガボンは2.5%です。

そして、アフリカではDcceeが多いので、このタイプをstandardと表現しています。

 

センターでは、このRhフェノタイプを毎回検査しています。 全員、毎回です。

これは以前「勝負」と題した内容で触れましたが、Rhフェノタイプは毎回検査する必要はありません。 基本的に一生変わらないからです。 一度あるいは二回検査すれば十分です。

しかも試薬は高い(ABO血液型検査の12倍の値段)! お金が無い無い言うのに、この試薬を湯水のごとく使います。

 

このセンターに来てからずーーーーと「複数回検査の廃止」 を呼びかけていますが、結果としてまだ廃止でできていません。 でも諦めません、まだ戦います。

 

D陰性確認試験は、LISS-クームスのカードで抗D試薬( モノクローナル)1種類でやっています。

 

みなさん大丈夫でしょうか、 ここまで読んでくれたということに感謝します。 ここまで読めたのなら。まだもう少し行けます。

 

 

最後はHemolysine

 

 

これは、謎の検査です。

O型のドナー血液中に溶血をおこすIgG型の抗A、抗B抗体があるかどうかを見る検査です。方法は、各試験管にA型、B型の赤血球をいれ、そこにO型ドナーの血清をいれ、37℃で30分加温 します。それを3000rpmで1分間遠心して、溶血したらHemolysine陽性です。

はたしてこれで目的の検査は出来ているのでしょうか。 ちなみに今まで陽性になった検体を見たことはありません。 そもそも手作りの血球試薬がもともと軽く溶血しているので、 結果がよく分かりません。

論文探したり原理をよく考えたりしましたが、 正解が未だに分かりません。

このHemolysineについてご存知の方いらっしゃいました ら、ぜひコメントやアドレスご存知の方はGmailください。

 

 

このような感じで、4つの検査を3~4人の技師や学生(研修生)で行い結果を出しています。検査するのは前日の検体なので、 採血翌日午後には結果が揃います。結果は、 輸血システムに手入力して登録しています。

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(結果の記入用紙)

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(パソコンで輸血システムに結果入力)

 

しかし、試薬が無いことが多いので、 何日も結果が出ないということは当たり前です。

「これがガボンよ」という言葉で片付けてしまう、 片付けざるを得ないこの現状にはうんざりしますし、 悲しみも苛立ちもやるせなさも様々な感情が沸き上がります。

 

現在のこのラボでの活動は、

・血液型検査の質の向上

・血液型判定が難しい検体の検査手技と結果解釈の指導

・検査マニュアル、プロトコールの作成

・試験管法の導入

を行っています。

 

試薬の種類や材料が無いので、やりたい検査、 やるべき検査の殆どが出来ません。 あるもので結果を出せるように工夫していますが、難しいですね。

 

まとまりが無くなりましたが、 こんな感じでガボンの輸血製剤の血液型の検査は行われています。

 

来週はもう一つのラボ「感染症検査」についてご紹介します。

 

最後に、現段階までで私が思う血液型検査のラボの問題点です。 細かく書いています。

・全般的に検査の滴下量、濃度などが雑。自己流。

・説明書は、読まない

・試薬の在庫管理が不十分で、在庫切れが頻発。

・お金が無いから試薬が買えない

・検体は室温放置(何日も室温に置いた検体で再検査は当たり前)

・ABO血液型スライド法で、 一気にまとめて検査したがるので乾燥して誤判定している

・dpの判定ができない(dpを知らない)

・試験管法をやっていないので、出来る検査が非常に限られる

・オモテ検査とウラ検査は、 別のタイミングに別の技師により行われている。 二人の技師による検査という観点からはいい気がするが、 これによりオモテとウラは別の人によって検査する別々の検査とい う認識となり、後日述べる払い出し部門において「オモテ検査」 のみで血液型を確定させている。

・オモテウラ不一致があったときに、 そのあとどう検査するのかの知識もプロトコールもない

・血球試薬を作成しているが、品質は不安

・Rhフェノタイプを毎回検査している

・D陰性確認試験は1社のみ( モノクローナル抗体

・D陰性試験にコントロールをおかないので、 直接クームス陽性かどうか不明。

・Hemolysineは、この方法でいいのか、そもそも全般的に謎

・37℃の恒温器が40℃越え

・検体用の遠心機は動くけど壊れている

・試薬の会社をよく変える

・施設長が変わると検査方法が変わるので、技術が定着しない

 

こんなにあって、残り9ヶ月じゃ解決できない(笑)

 

では、また~!